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【福岡発】「コロナ禍」で見つめ直す、家族のつながりと住環境

禍と言えどもいいこともある

「コロナ禍」という言葉が流行っているのでしょうか? ネット記事でよく見かけるようになりました。確かに、コロナウィルスの影響で禍(災い)がもたらされたことは間違いありません。直接的な感染に留まらず、経済活動の鈍化を招き、収入減が家計に影を落としているようです。子どもたちも学校に通えず自宅に籠る日々、否応なしに家族と濃密な時間を過ごせたのでは? お母さんは大変でしょうが、これは数少ない「コロナ幸」なのかもしれませんね。

 

今までの生活を振り返るきっかけにしては?

今までの生活はというと、とにかく時間に追われる日々だったのでは?学校や職場へと朝からバタバタ出掛けて行き、夕方買い物をしながら家に帰ってご飯の準備、子どもは塾通い、お父さんは仕事で帰りが遅い日も多く、なかなか揃ってご飯を食べることもできない… こうなると、家は寝るだけの場所という感覚になってきます。

でも、家ってそれだけじゃないですよね。家族と寝食を共にし、泣いたり笑ったり語り合ったり、時間を共有する場所です。学校や職場など、それぞれの活動の主体は「外(そと)」だったとしても、一日が終われば「家(うち)」に帰って家族の輪に戻ります。安心できる空間がそこにあることで、また明日、それぞれの「外(そと)」に向かっていけるのでしょう。日常というのはこの繰り返しです。でも、忙しさのあまり、家族の共有空間を整えるのがおざなりになってしまうことはよくあることです。また、忙しさのあまり、時間を共有することさえ難しい状況に陥ることもありますよね。

 

家に求めることは何?

健康的で溌剌とした毎日を送るためには、安心して過ごせる家が必要です。リモートワークや学校休校により、家族が長時間家で過ごすことが日常だったこの数か月、家の在り方を考えた人も多かったのではないかと思います。必要十分な広さと部屋数、清潔で快適な水回り、息抜きのできる庭など、「家は寝るだけの場所」と思えば必要ないことかもしれませんが、家族みんなが長期間気持ちよく過ごすためには、このような余裕もある程度必要なんですね。

 

皮肉なことに、今回のコロナ禍で、家族の時間と空間の共有が実現しました。そして、巣ごもり生活も二か月目に突入したところで、緩やかな制限解除が始まりました。一気に元の生活に戻るのはどちらにしても難しそうです。様子を見ながら徐々に慣らしていく感じですが、せっかくなら、今回手にした家族の時間と空間を維持しつつ、新たな住環境と生活様式を模索していけるといいですね。 

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